落語と文学を楽しむ要素とは

落語の鑑賞に行ってきました。噺家が舞台の上で臨場感たっぷりに話すストーリーはとても面白いものです。演目にはお酒の失敗談や人を騙そうとして自分がドツボにはまってしまうというどこか間の抜けたものが多く、どこか憎めない主人公が織りなす話は大人になるほど面白さが分かってくるものです。また一つの演目に行くまでに繰り広げられる小話にもオチがあり、涙を流しながら笑っているお客さんも少なくありません。先日拝見した演目はお酒に酔った登場人物がある夢を見るといったものです。夢の中で天狗や神様などのこの世に存在しない架空の存在となっているキャラクター達に出会いながらとてもハッピーな夢を見るという話を聞きました。お酒をたらふく飲んで見た夢には、酔っ払いならではの失敗があるものです。この失敗が落語にいいオチを与えていたのも確かです。文学の世界にもお酒を飲んだ失敗談を描いた作品があります。最近読んだエッセイでは、作者が酔っぱらって帰宅して朝起きたら頭の上に靴があったというものでした。この随筆も落語の小話として使えそうなものです。お酒は飲んでも飲まれるなとよくいいますが、酒飲みだからこそ分かる失敗もあるものです。飲み過ぎはよくありませんが生きていく中で培われる経験は文学や漫談を楽しむ要素として活躍してくれそうです。

妖怪が登場する本

数年前に妖怪に興味を持ち幾つかの書籍を読んできました。日本にはそれぞれの地域に守り神のように語り継がれる妖怪達がいるそうです。人間のエゴや周囲を顧みない行動により自然や人を傷つけてしまう時、妖怪や守り神が怒りを露わにするという一説があります。またこうした自己中心的な行動をしなければ、その土地に住む守護神のように人を見守り続けるという話もあるようです。こういった内容の書籍を読むと改めて日頃の自分の「おこない」について考えさせられます。もし自分のエゴで人を傷つけてしまいそうな時は、書籍で読んだ話を思い出すことで気持ちを転換するのも一つの手段です。
私にはマンガやエッセイを綴っているお気に入りの作家がおります。その方が描くアニメは不気味で怖い妖怪がたくさん登場します。しかし怖いだけではなく、ホロッとさせるストーリーも散りばめられているのです。私が子供の頃からテレビや漫画で表現されてきた物語は今の子供達にも受け継がれているそうです。大人になっても清らかな心を持ち、全てのことを受け入れ寛容であることはとても難しく思います。心がブレてしまいそうな時は、子供の頃に見たアニメが軌道修正のカギになることも多いに有り得ると思います。

温泉と作家と日本文学

温泉と小説の関係はとても深いものです。日本文学の著名人達が描く小説には、温泉を舞台にした作品がいくつもあります。また日本文学に名を残す作家が執筆する時に利用した宿は、今でも趣と歴史のある場として残されており利用する人も後を絶ちません。そんな素敵な宿を訪れて湯煙がもくもくと上がる大きな湯船に浸かり、疲れを癒したいものです。旅館は至れり尽くせりの場で何もしなくてよい場です。だからこそ作家達は心を落ち着かせることで執筆に精を出すことが出来たのだと思います。名作誕生の陰には、おかみや仲居さんの心がこもったおもてなしがあったことに思いを馳せてしまいます。
私がお気に入りの小説には、とある温泉街が舞台の教師の話があります。とてもユニークで明快なストーリーでシュールな主人公には、思わず含み笑いをしてしまいます。なかでも主人公のあだ名の付け方がなんとも面白くセンセンスがある作品です。この小説の舞台の街には歴史ある大浴場がある大衆浴場が今でも残っており訪れる人も多いそうです。日本文学好きなら一度は立ち寄ってみたいものです。日本にはわびさびを基調としたいい文化がたくさんあります。しかしながら、まだ訪れたことのない場所や知らないことがたくさんあるのも事実です。書籍を読みながら歴史や地理の勉強もしたいものです。

人生を描いたインド映画

数年前にある映画祭で印象深い作品に出会いました。それはインドを舞台に制作された映画でした。一人の青年が商売をしながら、旅をする過程で移動式映画館を営む人々に出会います。移動をしながら映像を上映してゆくなかで、人と出会い時間を共にして最後は別れを告げてそれぞれの人生を歩んでゆくストーリーです。インドと言えば華やかなスターが踊り歌うミュージカルのような作品が有名ですが、そういったシーンはなくユーモラスな中にもシリアスな人生の一部が描かれていました。また制作スタッフの出身国はインドに限らずオーストラリアやアジア諸国など様々だそうです。アイデンティティに富んだとても自由で感性豊かな作品だと思いました。
この作品を鑑賞して感じたことは、映画の中で描かれた旅は人生そのものだということでした。人は生まれてから死ぬまでの間たくさんの人に出会い様々な経験をします。そして最後は一人でこの世とは別の世界へ旅立ってゆきます。
天国や死に関する考え方は宗教や宗派によって様々なようです。私は時たまお坊さんの説法について書かれた本を読むことがあります。極楽浄土は苦しみのない平和で穏やかな世界という説があります。なんらかのかたちでお迎えが着た時に睡蓮が美しく咲くお釈迦様の元へ巣立っていくそうです。とはいえ生きている人間は人生を全うして実りある時間を過ごさねばなりません。苦行のごとく悩みにぶつかることもたくさんありますが、素敵な人達に出会い充実した時間を送りたいと心から思う今日この頃です。

This entry was posted on 2015年1月26日, in 過ごし方.

文学と芸術の相乗効果

雲ひとつない晴天の朝に電車の窓から外を見ると青空に昇る飛行機を見ることがあります。その光景はとても美しく、心なしか気持ちが晴れ晴れとして一日の始まりを活気付けてくれます。今日は何かよいことがありそうと希望が芽生える一瞬です。
どこか希望を連想させる飛行機という乗り物を題材にした映画や小説は数多く存在します。映画であればアニメーションやサスペンス、アクションなどジャンルは異なりますが多くの作品に使われてきました。映画の世界だけに留まらず文学の世界でも飛行機への憧れを描いた作品があります。この作品は、日本の詩人が書いたものです。私はこの一編の詩がとても好きです。この作品との出会いは友人と行ったコンサートでした。大所帯のビッグバンドの楽曲に乗せて美しい歌声の女性が繊細な詩を音楽に乗せて歌っていました。歌人が詠んだ作品の光景が目の前に広がるような世界観がある曲でした。切なさと希望が鮮明に現れており、心が揺さぶられてしまい思わず目から涙がこぼれそうになりました。
文学は言葉を使ったシンプルでとても説得力がある表現方法です。そこに音楽やアートが加わることで、とてもよい相乗効果が生まれることを実感した瞬間でした。

作家を魅了する動物達

近所を散歩していた日のこと、2匹の野良猫が気持ち良さそうに寄り添っていました。その姿が何とも微笑ましく立ち止まって眺めてしまいました。どうやらこの2匹はオスとメスらしく少し年を重ねた成猫のようでした。この2匹の立ち振舞いがのびのびとしていて、自由さとマイペースさを感じました。ゆったりとした時間が流れている光景は、まるで長年連れ添った夫婦のような印象を受けました。この2匹の姿はどこか人間に近いものがあり私の心にその日の光景が焼き付いてしまいました。
小説家の中にも猫や動物に魅了されてしまう人達が多いように感じます。日本だけではなく海外の作家でも小説の題材として猫がしばしば登場するものがあるからです。先日私が見つけた書籍に作家とペットを紹介する作品がありました。写真と文章で綴られているもので、ペットへの愛情が手に取るように表現されています。この書籍で紹介された作品も多数読んでおり、どれも興味深い書籍でした。ペットロスについて書かれた切ない作品や動物を主人公としたものまで表現方法は様々です。
動物の心の中は未知の世界です。どんな感情を抱いて生きているのかは、人間は想像することしか出来ません。だからこそたくさんの作家が動物に魅せられて、作品が世に送り出されるのだと思います。実態が分からない世界は、掴めそうで掴めない恋愛をしているようで奥が深いものなのです。

季節の移り変わりを実感する旬の食材

会社帰りにお寿司を食べに行きました。駅の構内にある立ち食いのお寿司屋で日本酒を飲みながらたらふくお寿司を食べました。会社帰りのサラリーマンや一人で立ち寄る女性の姿も目立ちます。カウンターのお店のため敷居も高くないので気軽にサクっと食べて帰ることが出来ます。お値段も手頃で種類も豊富なところも繁盛店の理由の一つだと思います。また、季節の旬の魚をいただくことが出来るのも嬉しい限りです。お財布に余裕があったため、お値段も気にせずちょっとリッチに食べてきました。
私は、日常生活の中で魚料理を食べることが多いです。野菜と同様に旬の魚はとても美味しく、魚屋さんの軒先でも旬をチェックすることが出来ます。近所の商店街で季節の移り変わりが実感できるのも乙だと思います。
食べ物を題材としたエッセイや小説でも旬の食材はよく取り上げられているので、本屋さんでも食べ物関連の本をチェックすることが多いです。特に食べ物のエッセイは、レシピが記載されているものも数多くあるので料理の教本として使わせてもらっています。本棚の手にとり易いところに置いて、今日はスペシャルに美味しい料理を作ろうと意気込んで台所に立つときはエッセイから知恵を借りることもしばしばです。おいしいものに出会えた時は、四季折々の食材が楽しめる日本に産まれてよかったと思う一瞬です。

This entry was posted on 2014年12月14日, in 食べ物.

酒飲みの気持ちを共有できるエッセイ

マンガやエッセイ、本などを友人と貸し借りしています。これは今始まったことではなく、中学生の頃からやっていました。今こんな本が読みたい、と話すと友人がお薦めの本を貸してくれます。学生時代には授業中にマンガの回し読みをしていたことがとても懐かしいです。ストーリーが気になってしまい、授業を聞いているふりをして隠れてマンガを読んでいたものです。大人になりこういったことは出来なくなりましたが、本やマンガを読む楽しさは健在です。
私はお酒を飲むことが大好きです。友人や仕事関係の人と飲みにいくこともあれば、立ち飲み屋で一人飲みをすることもあります。類は友を呼ぶようで私の周りにはお酒好きな女性達が集まってきます。先日行きつけのバルでワインを飲みながら、お酒に関するエッセイの面白さについて女友達と語りました。彼女はお酒が強く男前の女性です。そんな彼女が読む本は、もっぱら時代小説が多いようです。シリーズ化された時代小説を読む傍らお酒にまつわるエッセイもお気に入りということを聞き、数冊文庫本を借りました。とても面白くて借りた本は、あっという間に読み終わってしまいました。私もお酒の失敗をたくさんしてきたけど、世の中にはツワモノと呼ばれる人達がたくさんいるということを改めて感じました。お酒を飲む人だからこそ分かることってかなり多いものです。飲み過ぎはよくありませんが、お酒の失敗は愛嬌で笑い飛ばしていこうとささやかに誓いました。

気付きをくれた出会い

図書館へ足を運んだら、子供の絵本セクションに、大人が座り、絵本を読みふけっていました。小さな椅子と、小さな机からはみ出した大きな体。顔は、高校生か、大学生くらいの年齢かな?と見受けられる男性の方でした。チラッと見ただけですが、子供の読み聞かせように絵本を選んでいるわけではなく、心から絵本を楽しんでいるようだったのですよね。そして、年配の方が声をかけに来られて、気が付きました。その方は、障碍をお持ちだったんです。
年配の方は親御さんらしく、二人のやり取りを見ていたら彼の中には小さな子供が住んでいるんだ、と感じました。またそのご本を読んでたの?とニコニコ話しかけるお母さんと、ニコニコしながらうん、僕これ大好き!と元気よくお返事する彼のやり取りは、とても微笑ましいものでした。
こういう場面を見ると、気づかされることがあるんですよね。大人になったら、体が大きくなったら、絵本を読んではいけないっていう意識ってありませんか?でも、それって誰が決めたんでしょう?子供の頃に大好きだった本が、大人になってからも好きだからと言って、何がおかしいんでしょうか。好きなものは好きって言える、その世界に夢中になれる。それってとても純粋で素敵な事だと思うんですよね。私も、昔好きだった絵本をまた手元に置いてみようかな。

本を売るときの気持ちは…

どうしても、収納場所がなくなってしまい、手持ちの本を打ってしまうことがあります。本好きとしては、購入した本は全て持っていたいものです。せっかく本を購入しても、なかなか読めない本もあります。それでも、大好きな本を所有しているというだけでも、満足感を得ることができるのです。
そんな本好きが、本を売るときには大変な覚悟が要るということは言うまでもありません。手持ちの本の中でも、いったいどの本を人に譲ったり売ったりしようかとなれば、最低でも丸一日の時間が必要です。お金が無くて仕方なく本を売ってしまう場合、本棚に入りきらなくなり厳選して手放す場合などがあります。持っている本を手放さなければならないほど、悲しいことはありません。
断腸の思いで手放す本が決まっても、売る場合には次にどれほどの売値が付くのかというセレモニーがあります。一冊一冊、思い入れがあって購入した本ですからできればそれなりのお値段で買い取って欲しいもの。近年では、古本屋もチェーン店ができてコミックや小説はどんどん安くなるばかりです。購入する側にとっては大変助かりますが、大事な本を売る側にとっては、非常に悲しい結果になる場合が多いところでもあります。このように、本好きにとって本を売るということは、たいてい二段階の苦しみと悲しみがあるということです。