文学と芸術の相乗効果

雲ひとつない晴天の朝に電車の窓から外を見ると青空に昇る飛行機を見ることがあります。その光景はとても美しく、心なしか気持ちが晴れ晴れとして一日の始まりを活気付けてくれます。今日は何かよいことがありそうと希望が芽生える一瞬です。
どこか希望を連想させる飛行機という乗り物を題材にした映画や小説は数多く存在します。映画であればアニメーションやサスペンス、アクションなどジャンルは異なりますが多くの作品に使われてきました。映画の世界だけに留まらず文学の世界でも飛行機への憧れを描いた作品があります。この作品は、日本の詩人が書いたものです。私はこの一編の詩がとても好きです。この作品との出会いは友人と行ったコンサートでした。大所帯のビッグバンドの楽曲に乗せて美しい歌声の女性が繊細な詩を音楽に乗せて歌っていました。歌人が詠んだ作品の光景が目の前に広がるような世界観がある曲でした。切なさと希望が鮮明に現れており、心が揺さぶられてしまい思わず目から涙がこぼれそうになりました。
文学は言葉を使ったシンプルでとても説得力がある表現方法です。そこに音楽やアートが加わることで、とてもよい相乗効果が生まれることを実感した瞬間でした。

作家を魅了する動物達

近所を散歩していた日のこと、2匹の野良猫が気持ち良さそうに寄り添っていました。その姿が何とも微笑ましく立ち止まって眺めてしまいました。どうやらこの2匹はオスとメスらしく少し年を重ねた成猫のようでした。この2匹の立ち振舞いがのびのびとしていて、自由さとマイペースさを感じました。ゆったりとした時間が流れている光景は、まるで長年連れ添った夫婦のような印象を受けました。この2匹の姿はどこか人間に近いものがあり私の心にその日の光景が焼き付いてしまいました。
小説家の中にも猫や動物に魅了されてしまう人達が多いように感じます。日本だけではなく海外の作家でも小説の題材として猫がしばしば登場するものがあるからです。先日私が見つけた書籍に作家とペットを紹介する作品がありました。写真と文章で綴られているもので、ペットへの愛情が手に取るように表現されています。この書籍で紹介された作品も多数読んでおり、どれも興味深い書籍でした。ペットロスについて書かれた切ない作品や動物を主人公としたものまで表現方法は様々です。
動物の心の中は未知の世界です。どんな感情を抱いて生きているのかは、人間は想像することしか出来ません。だからこそたくさんの作家が動物に魅せられて、作品が世に送り出されるのだと思います。実態が分からない世界は、掴めそうで掴めない恋愛をしているようで奥が深いものなのです。

季節の移り変わりを実感する旬の食材

会社帰りにお寿司を食べに行きました。駅の構内にある立ち食いのお寿司屋で日本酒を飲みながらたらふくお寿司を食べました。会社帰りのサラリーマンや一人で立ち寄る女性の姿も目立ちます。カウンターのお店のため敷居も高くないので気軽にサクっと食べて帰ることが出来ます。お値段も手頃で種類も豊富なところも繁盛店の理由の一つだと思います。また、季節の旬の魚をいただくことが出来るのも嬉しい限りです。お財布に余裕があったため、お値段も気にせずちょっとリッチに食べてきました。
私は、日常生活の中で魚料理を食べることが多いです。野菜と同様に旬の魚はとても美味しく、魚屋さんの軒先でも旬をチェックすることが出来ます。近所の商店街で季節の移り変わりが実感できるのも乙だと思います。
食べ物を題材としたエッセイや小説でも旬の食材はよく取り上げられているので、本屋さんでも食べ物関連の本をチェックすることが多いです。特に食べ物のエッセイは、レシピが記載されているものも数多くあるので料理の教本として使わせてもらっています。本棚の手にとり易いところに置いて、今日はスペシャルに美味しい料理を作ろうと意気込んで台所に立つときはエッセイから知恵を借りることもしばしばです。おいしいものに出会えた時は、四季折々の食材が楽しめる日本に産まれてよかったと思う一瞬です。

This entry was posted on 2014年12月14日, in 食べ物.

酒飲みの気持ちを共有できるエッセイ

マンガやエッセイ、本などを友人と貸し借りしています。これは今始まったことではなく、中学生の頃からやっていました。今こんな本が読みたい、と話すと友人がお薦めの本を貸してくれます。学生時代には授業中にマンガの回し読みをしていたことがとても懐かしいです。ストーリーが気になってしまい、授業を聞いているふりをして隠れてマンガを読んでいたものです。大人になりこういったことは出来なくなりましたが、本やマンガを読む楽しさは健在です。
私はお酒を飲むことが大好きです。友人や仕事関係の人と飲みにいくこともあれば、立ち飲み屋で一人飲みをすることもあります。類は友を呼ぶようで私の周りにはお酒好きな女性達が集まってきます。先日行きつけのバルでワインを飲みながら、お酒に関するエッセイの面白さについて女友達と語りました。彼女はお酒が強く男前の女性です。そんな彼女が読む本は、もっぱら時代小説が多いようです。シリーズ化された時代小説を読む傍らお酒にまつわるエッセイもお気に入りということを聞き、数冊文庫本を借りました。とても面白くて借りた本は、あっという間に読み終わってしまいました。私もお酒の失敗をたくさんしてきたけど、世の中にはツワモノと呼ばれる人達がたくさんいるということを改めて感じました。お酒を飲む人だからこそ分かることってかなり多いものです。飲み過ぎはよくありませんが、お酒の失敗は愛嬌で笑い飛ばしていこうとささやかに誓いました。

気付きをくれた出会い

図書館へ足を運んだら、子供の絵本セクションに、大人が座り、絵本を読みふけっていました。小さな椅子と、小さな机からはみ出した大きな体。顔は、高校生か、大学生くらいの年齢かな?と見受けられる男性の方でした。チラッと見ただけですが、子供の読み聞かせように絵本を選んでいるわけではなく、心から絵本を楽しんでいるようだったのですよね。そして、年配の方が声をかけに来られて、気が付きました。その方は、障碍をお持ちだったんです。
年配の方は親御さんらしく、二人のやり取りを見ていたら彼の中には小さな子供が住んでいるんだ、と感じました。またそのご本を読んでたの?とニコニコ話しかけるお母さんと、ニコニコしながらうん、僕これ大好き!と元気よくお返事する彼のやり取りは、とても微笑ましいものでした。
こういう場面を見ると、気づかされることがあるんですよね。大人になったら、体が大きくなったら、絵本を読んではいけないっていう意識ってありませんか?でも、それって誰が決めたんでしょう?子供の頃に大好きだった本が、大人になってからも好きだからと言って、何がおかしいんでしょうか。好きなものは好きって言える、その世界に夢中になれる。それってとても純粋で素敵な事だと思うんですよね。私も、昔好きだった絵本をまた手元に置いてみようかな。

本を売るときの気持ちは…

どうしても、収納場所がなくなってしまい、手持ちの本を打ってしまうことがあります。本好きとしては、購入した本は全て持っていたいものです。せっかく本を購入しても、なかなか読めない本もあります。それでも、大好きな本を所有しているというだけでも、満足感を得ることができるのです。
そんな本好きが、本を売るときには大変な覚悟が要るということは言うまでもありません。手持ちの本の中でも、いったいどの本を人に譲ったり売ったりしようかとなれば、最低でも丸一日の時間が必要です。お金が無くて仕方なく本を売ってしまう場合、本棚に入りきらなくなり厳選して手放す場合などがあります。持っている本を手放さなければならないほど、悲しいことはありません。
断腸の思いで手放す本が決まっても、売る場合には次にどれほどの売値が付くのかというセレモニーがあります。一冊一冊、思い入れがあって購入した本ですからできればそれなりのお値段で買い取って欲しいもの。近年では、古本屋もチェーン店ができてコミックや小説はどんどん安くなるばかりです。購入する側にとっては大変助かりますが、大事な本を売る側にとっては、非常に悲しい結果になる場合が多いところでもあります。このように、本好きにとって本を売るということは、たいてい二段階の苦しみと悲しみがあるということです。

短編小説集を好きな理由

オムニバス形式の短編小説ってありますね。1冊に短編がいくつか収録されているものです。テーマが同じで、登場人物やストーリーが小説ごと違う本もあれば、ストーリー性が同じ小説を、何作品か集めたものもあります。個人的には、同一ストーリの短編集の方が好みだったりします。連続ドラマで言う所の、一話完結タイプの話と同じ形でしょう。そんな同一ストーリーの小説の場合は、全部の短編において同じ登場人物が登場してきます。必ずしも、その人物が主人公ではないのですが、物語のキーマン的存在だったりする決まった人が登場するのです。その人物が謎めいていたりすることも多く、興味を引かれながら読み進められたりするのです。そうすると短編小説と言っても、全作品において全部がどこかで繋がっていて、全く別個の小説であるのにも関わらず、違う話にそれぞれ登場する人物が、ある短編の中では2人の存在やエピソードがリンクしたりすることがあります。あの話が、ここでこんな結末になるのか…という意外性のある驚きも盛り込まれていて、作品をより一層楽しむことが出来るのですね。最終的には、各短編に登場していた同一人物の謎や素性が明かされるといった楽しみもあり、同一ストーリーの短編集は好きです。

本を借りるだけが図書館ではない

たまには人との「気の使い感」を忘れたい時。そんな時は図書館へ行ったりします。人はいるけど話さなくていいし、静かにしてないといけない場所だから話さなくても逆にそれがいいという設定がある、だからつい友達と会っても「じゃ、又」みたいな感じで上手く逃げられます。人間関係は大切だけど、一人の時間も大切です。この、誰かがそこにいるけど話さなくていい、皆本に夢中になってるから自分の事とかを見て無いと思えるこの距離感が、心地良かったりします。気に入った本があったら手にとって見てもいいし、ただぶらぶら何かを探してるふりでもいい、雑誌をぱらぱら眺めてるだけでもいいんです。前は、ショッピングセンターとかでもうろうろしてたけど、お店に入ると「何かお探しですか」と、探してない時に限って声がかかる事が多くて、なんだか罪悪感で止めました。これも、人が回りにいるけど、違う事に集中してるからあまり気にしなくていい状況だと思うんです。普通の本屋へも行きますね。でも立ち読みとかすると怒られそうなのであまり長居出来ません。心のオアシス、とまではいかないけど、図書館は本を借りる為だけの場所ではないという事です。いつも行く図書館だけでなく、大きな図書館にも行ってみようと思っています。

This entry was posted on 2014年9月24日, in 過ごし方.

普通が一番

雑誌に出ている女性を見ると、いつもうらやましくなります。綺麗でかわいくて、スタイルもよくって。でも彼女達は彼女達できっと我慢している事もあるんでしょうね。太らないために食事制限をしたり、体を引き締めるためにこまめに運動したり、日焼けを気をつけたりしなきゃいけないだろうし、恋愛も好き勝手にできない。そう考えると、一般人の私達は、雑誌に載ることもなければ街で追いかけられることも無い、好き勝手にできるし恋も恋愛も思いのままです。表に出るお仕事をしていると、仕事帰りにちょっと本屋に寄り道しようとか、気の向くままに気になるカフェに出かけたりとか、そんなことも出来ないですよね。出かける時もきちっとした服とか着てないと週刊誌とかにたたかれるし、それも大変ですよね。どんな事にも良し悪しはつき物ですが、今までみたいに普通に生活できないって考えるとちょっと不思議な感覚になります。子どもの頃や、物心ついた時からそんな生活をしていればきっと当たり前なんでしょうが、そんな人たちは一握りですよね。なんだかんだ言って普通が一番、と思います。生活も普通、見た目も普通、仕事も普通、きっとそんな生活が一番穏やかで幸せなんだと思う今日この頃です。

This entry was posted on 2014年9月7日, in 過ごし方.

二度読みできる本

推理小説や誰と誰がくっつのかなど先が気になるストーリーを読む時、さらさらっと速読して結果を知りたいと読みきってしまいます。先が気になって今現在読んでる最中のこまごました事が頭にはいらないんです。犯人は誰だ?この女性は相手に誰を選ぶのか?この三角関係はどんな結末を迎えるのか?そんなことを考えていると結局読んでるようで読み飛ばしている事が多いんです。なので、一回読みきってからまた改めてじっくり読む事がたくさんあります。結果がわかってるから面白くないんじゃないかと思うかもしれませんが、それはそれで結局この事は結末のあの事に繋がるんだとか、これが彼女の気持ちを変えたとか、犯人の小さなミスに改めて気づくとか、結構面白く読めます。いかに自分が飛ばして読んでいたかということもわかりますが、二度読みは悪くありません。気に入った本は二度と言わず何度でも読んでしまいます。お気に入りの映画やドラマを何回もみるのと同じ感じだと思います。好きな物は何回見ても飽きないし、何回見ても好きなんですよね。そんな本はきっといくつになっても好きなままで変わらないと思います。そんな何度も読み返せる本が何冊か手元にあると、いつも幸せな気分になります。